いじめられっ子の一言!

H24,9,23(日)


今晩は! 本日は写真は一切ございません。

少し書きたかったことがあるので少しお付き合い下さい。


いじめ問題が昨今騒がれていますが、昔から続いていることで、
今後も無くなることは無いのでは、と思っています。

いじめられた経験談をお話してみたいと思います。


私が小学校2年の頃の話です。

両親の生まれは鹿児島県の徳之島ですが、太平洋戦争末期に疎開し、
神戸に移り住むことになったようで、私が生まれたのは神戸です。

私が小学校2年の時に、両親は神戸の住いを引き払って、徳之島へ
帰りそこで生活をすることを決めたようです。

小学校2年の一学期の終りに同級生と別れを告げて、夏休みの間に
徳之島へ渡りました。

徳之島、それはそれはとても海のきれいなところで、海へ行っては
感動のしっ放しでした、目の前で熱帯魚が泳いでいる、ヤドカリは
そこら中で歩き回っている、潮が引けば貝なども採り放題で・・・、

やがて新学期が始まり、新しい学校での生活が始まります。
言葉のイントネーションが違い、関西弁で自己紹介するといきなり
笑いの渦です、それでも私は笑顔でよろしくお願いしますと挨拶し
一日目は終了ですが・・・

翌日からは、ある一人のクラスメイトが、「なにしにきたんや、内地
に帰れ」と言って来ました。何でそんなこと言うの?と思っていまし
たが、来る日も来る日も毎日、内地に帰れ!と。

そればかりではなく、内地の匂いがする、内地くさいと、ことあるご
とに言ってきました。

*当時、離島の人たちは本州(本土)のことを内地と言っていました。

ていねいな言葉では 「やまとぅんちゅ」=内地の人
軽蔑的な言い方は  「やなとぅん む」=内地のやつ

といっていましたが、私は毎日「やまとぅん む」と言われ毎日 〃
学校へ行くたびに帰れ! 帰れ! と言われていました。

そうなると当然学校へは行きたくない! となる訳です。
私も黙ってはいられないので、「誰々が イジメルから学校へは
行けへん」というのですが、あまり聞き入れられなかったみたいです。

大人たちは学校へ行け!学校へ行け!と言うばかりで、時には同級生
の女の子たちがさそいに来たり、学校の先生が連れに来たり、時には
巡査が、学校へ行きなさいと・・・ しぶしぶ行くわけですが、行け
ば例の同級生が、告げ口したと言って仲間はずれにしたり、例のごと
く内地へ帰れ!とやるわけです。

その内「学校なんか絶対行けへん」と言うと、両手を引張られて引き
ずって学校まで連れて行かれ行かれました、私はというと 泣きなが
ら引きずられ、教室に放りこまれました。・・・ 小学校2年ですよ!

私も教室へ放りこまれると観念していましたが、一日が苦痛以外の
何者でもなかったです。

その内、親たちよりも早起きし、物置にあった釣竿を持って出て行き、
学校が終わる時間まで帰らなかったりしましたが、「学校へ行かん子
はご飯も食べんでええ」と言われ、「ご飯なんかいらんわ!」と言い
つつもメチャクチャ悲しい気持になったのを覚えています。

そんな時、母親だけは優しくしてくれ、何か食べたいもんはないか?
と言ってこっそり食堂へ連れて行ってくれたり、何か食べとお金をも
らったりしていましたが、その母親も親戚たちから「あんたがしっかり
せな」といわれていたみたいです。


そんなこんなで、結局一家で神戸へ戻ってくることになったのです。

秋の運動会の頃、10月くらいですね、

夏休みが明けて、新しい学校に行きだしてから2ヶ月足らずでしたが、
私にとってはとても長い月日だったと思っています。

何年たっても、メモや記録が無かっても、その時のことは一生忘れま
せん。


神戸に戻り、又同じ小学校に通いだしましたが、ある参観日のこと
父兄たちの前で私の書いた作文を読まされました。

徳之島での出来事を綴ったものでした、いじめっ子の名前も実名で
書いていたのですが、そのまま読まされました。

今だったら人権問題になるでしょうね、

同級生たちの反響はすごかったです、そんな出来事があったのかとか
クラスの腕白たちが、そのけしからんやつ、俺たちがやっつけたるな
どといっていました。


月日が流れて何度か、徳之島へ里帰りすることがありましたが、
近所の人たちが、「この子か、学校へ行かんかった子は」と言われ
るのを聞くと少し恥ずかしい気持になりました。

家から学校までの道筋を、泣きながら引きずられていく光景は
平和な田舎の人たちにとっても忘れられない光景だったのでしょ
うね。


その時のいじめっ子は若くして亡くなったようで、当時のことを
話すきっかけはその後ありませんでした。

後で聞くところによると、その子はどちらかというと、おとなしく
周りからいじめられていたということを聞かされ何となく複雑な
気持になりました。


私はいじめられていたときも、自殺しようとか、相手をどうかし
ようとかは考えなかったです(幼かったからかも知れませんが)

ただ、現状から何としても逃げ出したかったという思いでいっぱい
でした。

それでええんちゃう! と思います。


その出来事から50年近く経ちますが、母親も元気です、
結婚して新しい家族もできました、仕事関係で、趣味の場で
多くの人と知り合ってよかったなと思っています。

けっこう大変なことはいろいろありましたが、済んでみれば懐かしい
想い出です。


これからもいろいろと大変なことはあるかも知れませんが、
それもまた懐かしい想い出に変わるのでしょう・・・。

人生はおもしろい。


少しほろ酔いかげんで書いてしまいました、


ここまで読んでくれて有難うございます。
そろそろおやすみしたいと思います。

今日のよき日に

感謝! 感謝! です。


おやすみなさい。

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